「扉の影の女」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿067

金田一耕助はなんと駆け引き上手

「扉の影の女」(横溝正史)
(「扉の影の女」)角川文庫

「扉の影の女」角川文庫

依頼人からの話に、
金田一は興味を覚える。
自らの恋敵が殺害される現場を
目撃したというのだ。
このままでは自分が
犯人として疑われる、
あるいは犯人に殺される。
依頼人は現場に落ちていた
ハット・ピンと
手紙の切れ端を提示し…。

すべて復刊が完了した角川文庫の
横溝正史金田一耕助シリーズ
本書は昨年12月に復刊したものですが、
読む機会に恵まれずに
ここまで来てしまいました。

本作品、実は発生する殺人事件が
たった一件であるにもかかわらず
240頁の長篇です。
さぞかし退屈な筋書きかと思えば、
決してそうではありません。
本作品の特徴は、
「複雑な事件の構造」と
「金田一耕助」その人にあるのです。

【事件簿File-067「扉の影の女」】
〔事件発生〕
昭和30年12月(東京・銀座)
〔依頼人〕
夏目加代子
…バー「モンパルナス」のホステス。
 事件を目撃。
臼井銀哉
…売り出し中のプロボクサー。
 殺害されたタマキの愛人。
金門剛
…戦後のし上がってきた財界の大物。
 タマキのパトロン。
※3人それぞれに依頼
〔捜査関係者〕
安井警部補…築地署捜査主任。
古川・川端・堀川…築地署刑事。
新井刑事…警視庁捜査一課刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
多門修
…ナイトクラブ「KKK」用心棒。
 金田一の助手としての
 私的な捜査を行う。
〔事件関係者〕
江崎タマキ
…バー「お京」のホステス。
 ハットピンで刺殺される。
マダムX
…銀哉が赤阪のナイトクラブ
 「赤い風車」で知り合った女性。
岡雪江
…新橋のキャバレー「サンチャゴ」の
 ダンサー。
藤本美也子
…レストラン「トロカデロ」マダム。
広田
…レストラン「トロカデロ」コック長。
加藤栄造
…東亜興業社長。財界の巨頭。
 金門が取り入る。
沢田珠実
…数寄屋橋付近で
 轢き逃げされた高校生。
沢田喜代治…珠実の父親。弁護士。
佐伯三平…喜代治の甥。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
いくつもの事件事案が入り交じる

次から次へと殺人事件が起きるのが
金田一耕助・中長篇ものの特徴です。
ところが本作品の殺人事件は
たった一件(終盤にもう一つの
殺人事件が判明するのですが)。
単純に見えた事件なのですが、
謎が謎を呼びます。
なぜなら事件発生場所を
重心とするかのように、
「殺人事件」「交通事故死」「死体遺棄」
「薬物乱用」「財界の大物の情事」
「若い男女のすれ違い」が
交錯しているからです(読み終えて
初めて俯瞰できるのですが)。
寄せ木細工のような緻密な構造は、
やはり横溝正史ならではです。

本作品の味わいどころ②
金田一耕助はなんと駆け引き上手

その難事件に挑んだ金田一、
今回際だったのは「推理力」ではなく、
「駆け引き力」です。
依頼人の秘密を守るために、
警察、それも等々力警部と上手に
交渉するのはいつものことですが、
二人目の依頼人・臼井、
そして三人目の依頼人・金門に対して、
それぞれの隠していることを
巧みに引き出していきます。
最後には元々の依頼人・
加代子に対しても
すべてを吐き出させているのです。
何よりも圧巻だったのは、
「死体遺棄」の実行犯(殺人事件の
犯人とは関係なし)に対して、
警察以上の巧妙な揺さぶりをかけ、
自供に追い込みます。
これほど金田一の「駆け引き力」が
前面に押し出された作品は
ないでしょう。

本作品の味わいどころ③
金田一耕助の生活の実態が分かる

ミステリの本質とは
異なる部分になるのですが、本作品は
金田一耕助の生活の実態について
記されている、貴重な一篇となります。
東京緑ヶ丘という一等地に
事務所(兼自室)を構え、
難事件をいくつも解決し、
さぞかし羽振りがいいものと思えば、
「収入になるのは
五件に一件くらい」という
等々力警部の台詞が裏付けるように、
本書での金田一は、
アパートの管理人から当座の金子を
用立ててもらう、
等々力警部から煙草を恵んでもらう、
等々力警部の奥さんからも
差し入れてもらう、
なんとも金欠な状況(その割に
金田一は困っていない)が
描かれているのが面白いところです。
そのくせ、
事件解決後に報酬が支払われると、
等々力警部を豪華な料亭に招待して
ご馳走しているのですから、
なおさら笑えます。

例によって、
本作品もまた原形作品(短篇)が存在し、
それを長篇化したものです。
原形作品も後ほど
取り上げたいと思います。
まずは長篇化によって味わいどころが
豊富になった本作品をご賞味ください。

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(2022.10.7)

〔本書収録作品〕

〔本書の表紙装幀画〕
冒頭の写真は令和復刻版の表紙です。
昭和時代には2バージョンあり、
一つめは下のもの、
二つめは令和復刻版と同じです。

「扉の影の女」昭和版表紙ver.1

〔関連記事:横溝ミステリ〕

〔復刊!横溝正史・金田一耕助〕

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